『0歳児とふたりで台湾~』の最終回です。

上の写真は前回も話題にあげました沁園」さんの日月潭紅茶と凍頂烏龍茶です(以下レビュー)。

左:沁園さんの日月潭紅茶は台茶18号「紅玉」のお茶(日月潭という地域で生産されるお茶は何種類もあります)。
特徴はメントールのような香りと濃くて強い風味
アッサム種と台湾由来の茶の木との掛け合わせから生まれた品種というのも納得です。
紅玉という名前のイメージも相まって、リンゴのブランデーのような芳醇な香りを感じるというか、とても味わい深いという感想です。

右:凍頂烏龍茶は、とても爽やかで軽やかながら、花のような果実のようなふわっとした芳香があり、味わいはしゃっきりしています。
食事にもデザートにも合うので、人を選びません。台湾土産にもぴったり。

さて、最終日は松山空港→羽田→地方空港と一気に移動するので体力勝負です。
朝早くチェックアウトするので、ホテルのフロントの方に前日にタクシーの手配など頼みましたら、朝食時間に間に合わず出るのであればとブレックファースト・ボックスを用意していただけることに!

何から何まで至れり尽くせり、さすが台北随一と名高いマンダリンオリエンタル台北さんです。
ちなみに中身はスモークサーモンのサンドイッチやフルーツ、温かいお茶などでした。空港で有難くいただきましたが本当に美味しかった!

松山空港国際線第一ターミナルには小規模ですがキッズスペースが2か所ほどありました。
ここでたくさん遊ばせ疲れさせて機内ではぐっすり寝てもらおうという目論見がみごとに外れることをこの時の私は知る由もありません…

結局、乗り継ぎ2回を経てもなお機内で元気に過ごし、機内食ももりもり食べて興奮ぎみの我が子は帰りの自家用車内でやっとすやすや眠り、家に着くころに起きだして体力を満タンに回復!
ご機嫌で夜まで遊び続けました(絶望)。

以下、今回の0歳児との旅で学んだこと、感じたことを書きます。

『赤ちゃん連れで旅行なんてするのは親のエゴ という意見に対して』

「親(主に母親を指す場合が多い)が旅行したいだけで赤ちゃんを連れまわすのは可哀そう」
「旅行も我慢できないのになんで赤ちゃん産んだの?」
「小さい子は旅行なんて楽しくないし、疲れるだけ」
「赤ちゃんが飛行機で泣く理由は、耳ぬきができなくて不快で泣いてるんだ。そんなこともわからないで母親といえるのか」

上記のようなご意見、反対に肯定的なご意見も、これまでさまざま見聞きしました。
そうだよなと共感するところ、それは飲み込めないなと感じるところ、たくさんありますが、私のブログでもありますし、私の正直な気持ちを書かせていただきます。

私の友人のお話になるのですが、お父さまが国際的な仕事をされていて、小さなころからいろいろな国に行ったり来たりしていたという女の子がいました。
ご両親は旅好きでもあり、赴任地の付近を週末に回ったり、長期の休みにはヨーロッパ、南米、アフリカ、色々なところへ連れて行ってもらったそうです。

「5歳のころ、スイスの山岳から見おろした風景が人生で一番美しいものかな」

「8歳ぐらいに住んでいたケニアのおうちの窓には鉄格子がはまっていた。格子越しにながめる隣の家のお庭に咲く赤いお花が欲しくてたまらなかった」

「年齢も覚えてないくらい小さい時。アメリカの海岸だったと思うのだけれど、砂に足を取られて両親に思うように追いつけなくて泣きそうになっていたけど、父はまだ小さい弟を抱っこしていて甘えられる雰囲気じゃなくて必死に歩いた」

彼女の語る、ものごころがついた時からすでに刻まれている異国の風景や遠い記憶。

本人からしたらごく当たり前の、切れ端のエピソードでしかないのでしょうが、私にはなんとも色鮮やかで未知で興味深くて
その情景が目に浮かぶようというか、家族でたくさんの旅・冒険を経て思い出を作る。
また、思い出とも言えない日常にも旅がある
そのような暮らし方に憧れも抱きました。

彼女の親御さんは仕事で異動しているから話が違うと思われるかもしれませんが、先述した通り、多くの私的な旅行にも幼い彼女やまだうまく歩けない小さな弟さんを同伴していたと思われます。

例えば、シッターさん(や祖父母などの身内)にまかせて親だけで旅行をするのが正解でしょうか。
もしくは小さいころは親だけで子の世話をするのが生育には良く、子が大きくなるまで(大人のようにふるまえるまで)は旅行に行かず、また様々な世界を子に見せることなく近場で過ごすことが正解でしょうか。
あるいは自家用車で行ける範囲だけ異動し、飲食店やホテル、公共交通機関は利用しない旅が正解でしょうか。

「たった数年なのだから、子どものためにも親は我慢するべき」と諭される向きには、それは「我が子の親である自分」以外に決めることができるものかどうか、その部分をよく考えなければいけないと思うのです。

子が騒いだら迷惑というご意見。
たしかに子どもの騒ぐ声ってうるさいです(我が子でもうるさいですもん笑)。
お行儀などがしつけられていない子、とんでもなく失礼なふるまいをする子。そしてそれを放置する親を見るのっていい気分じゃないですよね。
でも、たいていの子連れの人々は、勿論そのほかの人々も「積極的に誰かに迷惑をかけたいなんて思っていない」と思うし、その前提で判断ができればいいと私は考えます。

今回の旅、他にもいろいろな場所を訪れてみて改めて感じたことなのですが。

小さい子どもというのはどんな状況でも「気分がよければ笑う。不快なら泣く怒る」「守ってくれる人(親など)がいて、おなかがいっぱいで適温にしてもらえれば、どこでだって寝られるし、そこがどこだって別にいい」みたいな部分があって。
我が子も、親がリラックスしていて(これ結構重要)、おむつがきれいで抱っこされてミルクを飲めば基本的にニコニコです。
それでも何かひとつ、例えば湿度やベビーカーの角度、衣服の感触? とにかくわからないのですが、気に入らないことがあるとそこが電車だろうがホテルだろうがぎゃーぎゃーと訴えます。

そして親には親の世界があり、子と一緒に過ごすのはもちろんなのですが、親にも自我がありますから、親の意志で行動をするときは必然的に子も連れだってゆくしかないときが多いのです。
それは一人で生きられない子どもには当たり前のことだし、子を愛し子と一緒にいたいと思う親にとっても普通のこと。

親の望みで行動するときもあれば、子に良かれと思って(あるいは子の希望にのっとって)何か行動するときもある。
不本意でも親が子のために我慢するときもあるし、子が親のために我慢を強いられる時もある。
親子関係においても持ちつ持たれつで暮らしていくし、人、老若男女が社会生活を営む上でも他者と持ちつ持たれつで暮らしていくことを忘れずにいたい、そういう世界で子どもは健やかに社会や集団というものを学び育ち大きくなると思うのです。

結局のところ何が言いたいのかというと

“私は今後も子どもと一緒に旅をするし、子どもと一緒に旅をしないこともある。
どちらにせよ子を大事に思うことに変わりはなく、また「親の旅に子を随伴する」ことを否定的に考える必要もなく、他の誰でもなく子と自分のために今後も旅を楽しむぞという気持ちを持ってポジティブに旅茶人生を謳歌したいと思います”

ということです(なんのこっちゃ)笑
それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました!

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